法テラス

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高齢者の資産管理についての新しい考え方。

弁護士木村晋介

1、成年後見制度も完全とはいえません。

高齢者の資産管理については、健常者については本人に任せ、認知能力や身体能力の衰えとともに、成年後見制度を使い、症状の進行の程度に応じて、家庭裁判所に、補助人、保佐人、後見人などを選任してもらい、これらの人に、財産の管理について、助力を受け、また、代理をしてもらうというのが一般的です。しかしながら、健常者とはいえ、振り込め詐欺に会う人は後を絶ちませんし、補助人、保佐人、後見人などが、健常時の本人の希望に沿って、助力、代理をしてくれることが保証されるわけではありません。また、成年後見制度を受け付けている裁判所は、事件処理能力が遅く、申立してから数ヶ月以上も待たされているのが現状です。

大変その効果が期待された任意後見制度(健常者が、自分で、認知症となった後の後見人を指定しておける制度)も、実は、悪徳行政書士が、親切ごかしで94歳の女性に近づき、その財産を騙し取ろうとして逮捕された事件がこの5月にありました。最近はやりの任意後見NPO も無条件の信用は禁物です。12月には、成年後見業務を請負うNPO の社
会福祉士が、自分の夫を任意後見人にし、結局約350万円の遺産を受け取っていたことがわかりました。任意後見は悪用の危険性が少なくない制度といえます。

2、遺言制度にも、限界があります。

まず、遺言は、自分の死後に効力を発揮する制度で、生前の財産管理には、何の役にも立ちません。ここに、遺言制度の限界があります。

もちろん、自分の死後に、自分の財産をどのように使うかについては、遺言には大きな効力が認められています。ただ、遺言には、争いごとがつき物なのです。

まず、遺言が出てきたときに、その遺言の効力が争われるケースが大変多いというのが欠点です。よくあるケースでは、遺言の書かれた時に、本人に認知能力があったかが争われる、というものです。これは、公正証書遺言の場合にもよく起こることで、公証人や、立会人が、遺言者の認知能力を確かめずに、遺言を作成していることに原因があります。しかし、公証人といえども、精神科医としての能力はないのですから、仕方がないのです。自筆で書かれた遺言の場合には、その筆跡が、ほんとに遺言者のものかどうかが争われます。筆跡鑑定も、必ずしも決め手にならないことが多くあります。

また、せっかく公正証書遺言が、健常なときに作られても、その後にこれを取り消す内容の自筆の遺言が書かれれば、公正証書の効力はなくなってしまうのです。

こうした弱点が、遺言をめぐる争いを生み出すもととなっています。

3、弱点を克服するための提案です。

とはいっても、成年後見制度や、遺言制度も、弁護士、医師、信頼関係の高い親族、などの協力が確保できれば、相当の役割が果たせることは事実です。しかし、高齢者の、健常時から始まって、認知能力の低下・消失時、植物状態時、終末時、死後の葬儀に至るまでの財産管理・運用、相続人などへの適正な財産の分配、公益団体への寄付、など、生前から死後まで含めて、一貫して本人の希望するところに即した財産の管理・運用・処分を行うためには、新しい制度の利用が好適だと考えます。その新しい制度とは何でしょうか。

それが、わたしの考えている、My信託法人システムの利用です。

その概要をご理解いただくために、私と、評論家で陶芸家でもある俵萠子さんとの対談録をご紹介しましょう。

この対談録は、平成19年8月6日当事務所で行ったものに加筆訂正したものです。



木 お元気そうですねぇ。ちっともがん患者だなんて感じさせないじゃないですか。

俵 でもそういう元気なときにこそ、これからのことをきっちり決めておいて、自分の財産は、自分の元気なうちにしっかり楽しむために使って、その上で、認知症になったら自分の老後の介護にちゃんと役立てて、でまあ、幸いにして残ったら、子供や孫たちのためにうまい具合に役立てたいと思って、その一番いい方法を知りたくて今日はよってみたのよ。

木 そうですそうです。いい心がけですねぇ。その我がままさこそ俵萠子の身上。そうこなくっちゃあねぇ。

俵 で、やっぱり、いい遺言を書いとくことと、自分の信用できる人を、認知症になったときの後見人に選んでおくこと、終の棲家をきちんと確保しておくこと、それと、尊厳死の宣言をしっかりしておくことが大事かなと思っているんだけど。

木  今のところ、どの本にもどんなことが書いてあるですけど、実際に長いこと弁護士をやっていると、今の制度の下で、俵さんのような要求をピシっと満たす工夫をするには、かなりのテクニックが必要だと感じているところなんですよ。今まで使われてきたシステムは、どこか、それぞれに欠陥があって、実際の老後の不安、自分の死後の紛争の予防や、公平な遺産の分配にうまく役立っていないことが多いという気がしてるんです。

俵 あらまぁ、そうなの

木 たとえば、一番典型的なのが遺言なわけですよね、遺言は、ひとつは死なないと効果が発生しない、だから、死後のことしか管理できない。自分がどういう人生の終末を迎えるかということには無力なわけです。尊厳死の宣言は、そのあたりを補うものではあるんですけど、尊厳死というのも、長い老後、終末という点から考えれば、その最後の一瞬のことに過ぎないとも言えるわけでしょう。

しかも、遺言は書かれたときの状況次第によっては、自分の思いどおりに書いたものでないんじゃないかというものが多い。実際に、もう半分まだらボケになってから書かされた遺言というのがいくらでもある。せっかく、自分が元気でしっかりしているときに、公正証書で作っておいても、遺言には鍵がかからない。すっかり、気が弱くなって、もう、大部ボケてきてるのに無理やり枕元で自筆の遺言を書き換えさせられるという例のがたくさんある。そんな場合でも、はっきり認知症になっていたという証明が取れない場合には、後から書いた遺言が勝をしめることになっています。

俵 ありゃ、そんなケースがあるんですか?。

木 その種の争いが一番多いといってもいいんです。それから、せっかく本人がその気になって遺言を書いても、あとから、本人の認知能力、(法律的には遺言能力といますが)があったかどうかということで遺言の効力が争われる場合がある。それが遺言事件のトラブルの一番大きな問題なんですよね、裁判なんかでも、公正証書遺言でもそういうことはあります。公正証書遺言であるにもかかわらず無効だったというケースが何件もある。認知症になってるのに、頼まれた公証人が頼んだ弁護士の古い友達だったとかなんかで、その弁護士を頼んだ子供に有利な公正証書遺言を無理やり作っちゃったというのがわかったケースが、僕の、あつかったケ-スにも実際にあります。

俵 へえ、公正証書でも信用できるとはいいきれない?。

木 例えば、もう、漏便といって、自分の便をいじくっているような状態までぼけている段階で、公正証書遺言が実際に作られちゃった。そういう事件を扱ったことがあります。このことは、僕の書いた「遺言状を書いてみる」(ちくま書房)にも書いてあります。

俵 おやまあ

木 こういうことで、遺言には、要するに健常時から始まって、やがて認知障害が出てくるようになって、そして最後死んで行く、そういう高齢者の生前から死後を通じて一貫したシステムの下で、一番健康なときの俵さんの意思に従って資産の使い道を決めていくという力が無いんです。その上、遺言の効力が裁判で争われるという最悪のケースにつながることまである。

俵 なるほど、遺言には頼りないところがあるというわけだぁ。

木 次に、今便利だといわれて使われるようになったのが成年後見なんですよね。しかも、任意後見制度ができたことによって、自分で後見人を選べるようになった。だけど成年後見では、まず、精神的に健常なときのカバーができない。例えばいかに重度の身体障害があっても、判断能力に減退が無い以上後見人は動けない。また身体にも、判断能力にも支障がないときでも、高齢とともに、財産の自己管理がだんだん負担になってくることが多いわけですが、その場合にも後見制度は機能できない。それから死んだ後のことは後見制度では全くカバーできない。だから高齢者の人生のウチの、認知症である間だけしか後見制度は使えないという時間的な限界があります。

俵 ははぁ、遺言にも限界があるし、後見制度にも限界がある。

木 任意後見の制度が悪用されて、本人がボケかけてきたときに暴力団みたいなのが親切ゴカシに入り込んで、任意後見の公正証書を作っちゃって、財産を奪ってしまうというような悪用の可能性もあるんですね、なぜかというと、任意後見を頼むときに必ずしも健常性が保障されていないからなんですよ。さっきいったように、遺言書くときにも健常性は保障されていないですよね。

俵 今の法律はそれを要求してないわけですか

木 いや勿論理論的には要求されるわけです。健常でないということがわかれば、ボケていたということがわかれば無効だということがいえるんです。だけどそれがはっきりしない場合がある。公証人だって、精神科医ではないから、一見普通そうで、実は認知症、というケースを見抜けないことがあるわけです。それから遺言制度を利用するときも、後見制度を利用するときも、結局本人の下に財産の所有権が残っているわけですね。本人のところに財産の所有権が残ったますから、どうしてもその財産を狙う人間がいて、本人に対して遺言を書かせたり、俺を任意後見人にしろって言ってせまったり、そういうリスクが避けにくいということがあるわけです。で、僕は、財産を本人から切り離しちゃう方法はないだろうか、ということを検討してみた訳です。

俵 でそんなうまい方法があるの?。

木 それがあるんですねぇ。で、私の考えた最終的な手段としてお勧めなのが、民事信託という方法を使うんです。

俵 民事信託?、そんなの一度も聞いたことがないわ。

木 そう、日本ではほとんど知られていないし、使われた例を聞いたことが無いんですが、英米では、そもそも信託制度というものは、高齢者の財産を高齢者自身や、障害者、その子孫のためにどう安全且つ有効に使っていくかというところからスタートしているんです。この民事信託というのは、この俵さんの資産を、俵さんの一番元気である現在の考えに従って、将来こういう風に使ってほしい、という憲法のようなものを作って、この憲法を掲げる俵さん専用の法人を設立する。そしてその法人に俵さんの財産を移してしまう、という方法なんです。

俵 私専用の法人?

木 そうです、My信托会社です。

俵 そういうものができるんですか

木 できるんです。多分これは日本ではまだ誰もやった人がいません。

俵 そうなの

木 どの本を読んでも、せっかく制度はあるのに、今まで日本では、あまり使われた例がないと書いています。

俵 制度はあるんですか

木 あるんです。

俵 まー、一応黙って聞きましょう

木 今度信託法が改正されて、民事信託についての規定も整備されました。これが、この9月末から施行されます。それと同時に、法人に関する法律が全面的に改正になっていて、それが平成20年半ばには施行されようとしてるんですよ。これで、今まで、公益的なものにしか認められてこなかった財団法人というものが、共益的(会員の共同利益など)なもの、私益的なものにも認められるようになるんです。

俵 それが私のために使えるようになるってこと。

木 はいそうです。一般に、信託というのは、金融機関なんかが、営業として不特定多数の人を相手してやっています。こういうのは、営業信託とか、商事信託とか言って、登録とか許可とかそういうものがないとできないんです。信託業法によって厳しく規制される。ところが、この民事信託ですね、ようするに特定の人のためにやる、不特定多数の人を相手とするんでなくて、営業としてやるんじゃない信託、民事信託については、まったく信託をするのについて許可とか登録がいらないんです。規制もほとんど無い。だから、ともかく法人さえ作ればどの法人でもやれる、ということなんですね。それが民事信託という、今まで全く忘れ去られていたものなんですよ。

俵 それは何でそんなに忘れ去られていたんですか。

木 使い方がわかんなかったんですね。弁護士も、ここに注目してこなかった。

  それで、どういうふうに法人作りをするかということは少し後回しにして、ともかく、俵さんの財産の受け皿となる法人作ったらどう運営していくか、問題がありますよね。

俵 はいはい。

木 そこから考えていきましょう。受け皿になる信託法人は、俵さんが元気なときから、ボケてやがて死ぬと、それまでずうっと一貫して一つの俵さんの意思にもとづいてが作った憲法(法律的には、定款と信託契約と呼ばれます)にのっとって俵さんの財産を管理運営していく団体ですので、まず元気な間は役員にはご本人自身がなっていただいて、そのほかに、信頼できる専門家を入れていく。その場合、もしその役員が不正な行為をやった場合には専門家としての資格がはく奪される、そいういう国家資格を持った専門家で固めるのがよいと思います。それは、あくまでも俵さん本人が信頼できる人で固めればいい。その中には、ぜひ、精神科医を入れてほしいですねぇ、そうすれば、俵さんに認知障害が出てきた場合には、役員を辞任してもらうこともスムースにいくと思うんです。

俵 で役員は何人必要なの?。

木 今度新しく施行される、新法人法では、一般財団法人という、必ずしも、公益を目的としない財団法人が認められるようになります。受け皿法人は、これでいくのが一番いいと思います。この場合、役員は、評議員が3人以上、理事が3人以上、しめて最低6名でやっていけます。

財団の名称は、俵萠子財団ていうのが一番しっくりするでしょう。それで、信託ですから、受益者っていうのがはっきりしている必要があるんですよ。 財産持ってる本人が、財産を信託的にその一般財団に移すわけです。信託的に移すというのは、簡単に言えば、ひとつのこういう目的で使ってくださいよってコトで移すということ。で、当面はここの理事長に俵さんが座るわけ。で、問題は信託財産から利益を受ける人が誰かってことを決めておかなきゃならない。これは俵萌子さんご本人がまず第1番。そのほかに息子さん。娘さん。お孫さん。そのほか誰にしますか?だからもし、これだけ・・本人と息子と娘と孫だけと、信託財産から利益を受けられる人はね、そういう風に決めてしまえば、これ以上の人には、この財産は、この人たちの利益のため以外には使えないということになるわけ。そのほか俵さんが公益目的、例えばこのガン患者のこういうのにも使いたいって言うことを入れれば受益者を増やすこともできる。ここの受益者の幅をどうするかっていうことによって、この財産がどういう風に誰に使われるかっていうことが決まってくるわけです。

俵 そこまで今まで考えたこともないし、貴方にとんでもない発想を言われて、びっくり仰天して頭の中は真っ白で何のことやら分からないっていうのが今の状態。

木 そうでしょうね

俵 私は単に貴方に任意後見を頼みに来た、というつもりだったの。

木 でもね、任意後見では、俵さんの言っている目的が達せられない場合が出てくると思うんですよ。例えば、俵さんより先に僕のほうが死んだ場合どうします?

俵 そこまで考えてへんかったわ。でも、それは大いにありうるわ(笑)。私結構しぶといし。

貴方より15歳も上やけど。

木 そうでしょう。どうも僕が目をつぶると、俵萠子が僕の葬式でうれしそうに弔事を読んでいる光景が浮かんでくるんです(笑)。でも、財産の受け皿を法人にしておけば、法人は永続的ですからねぇ。役員の誰が死んでも、役員の変更をすればいいだけで、俵萠子財団は、財産がある限り永遠です。俵さんが死んでも、俵さんの遺志に従って運営されていきます。この場合、遺志は、遺言というような、ふらふら変えられるものでなくて、定款と信託契約という、法人の憲法に従って運営されますので、その点でも安心の度合いがぜんぜん違うんですよ。

俵 ひとつだけ。私はね、そのときの気分でしょっちゅう気持ちが変わって、一旦はあいつにはやるといったけどやらない、とかそういうことよく言うんだけど、それは構いません?

木 構いません。そういう場合には、俵さんの判断能力が健常な間は、信託契約の変更でカバーできます。

俵 そのたびに、おまえは理事からはずす、なんていわれないですかねー

木 理事を選ぶ権限があるのは、評議員です。評議員にしっかりした人を選んで置けば心配ないでしょう。それに、なんといっても、俵さんが生きている間の第1順位の受益者は俵さんなんですから。それは、俵さんがウンといはない限りかえられませんよ。

俵 そうですかねー。あるいは娘から言われるかもしれない

木 娘さんが役員の一人だったとしても、娘さん一人の意思ではどうにもなりませんよ。


俵 いやあ、娘からやられると、私はなんだか怖いなと思ったの

木 どうしても心配なら、親族は理事からも、評議員からもはずしておく方法もありますよ。

俵 でもやっぱり娘は入れときたいな。精神科医は、私が全幅の信頼を置いている人がいるから大丈夫。

木 それなら、多数決で、萠子派が必ず勝ちますよ。それと、役員には、信頼できる税理士か公認会計士を入れておいたほうがいいですね。勿論弁護士は必要でしょう。

俵 おー、わかった。それは木村さん、やってくれるのね。

木 ご指名とあれば勿論です。

俵 それはそうですよ、だって遺言状も作るんでしょ

木 財産のことについていう限り、遺言状はいらなくなります。遺言は、お墓を誰が継ぐかとか、隠し子を認知するとか、遺言者を虐待した者を相続人から排除するとか、そのくらいにしか使う必要がなくなると思いますねぇ。

俵 いらなくなくなるの

木 だって、俵さんの財産は、俵さんから法人のほうに移ってしまうわけですから。遺言状の代わりに、俵さんの作った法人の憲法すなわち、定款や信託契約、自分の健康である間はこうつかわせてほしい、自分が認知症になったらこうしてほしい、自分が死ぬときはこうしてほしい、死んだあとはこうしてほしい、というわがままいっぱいの憲法がものをいうんです。

俵 紙に書くの?それ

木 いや、しゃべってくれればいいです。僕ら専門家がまとめますから、言いたい放題を言ってください。

俵 でも、それはかなりしっかり私が頭の中でまとめないかんということねぇ。それとまた変更も許されるの?

木 変更、大丈夫です。そのときに、みんなで本当に変えていいのかどうかってことを協議しなきゃなりませんけどね。

俵 それはめんどくさいね

木 だけど、自分ひとりでふらふら変えることによって間違いが起こるよりは安全ですよ。まぁ、実際には、俵さんの選んだ方が役員になるんですから、俵さんのご意向に反対するような役員は出てこないと思いますけどねぇ。でも、あんまり、ご自身の不利益になるようなことをおっしゃったら、専門的な立場から注意してくれる役員がいることは安心につながるんじゃありませんか。

俵 ちょっとだけめんどうなのは、今までみたいに簡単に遺言状の内容を変えられなくなることが、逆に言うとちょっと心配、不便ですね、まともな間は。

木 ただし憲法ですから、ある程度の幅を持った書き方ができます。たとえば、ご長男については本人の看護に役立つように使ってほしい、と、娘さんの方には、一挙には与えないで年金の形であげてほしいと、そんなんでもいいんですよ。まぁ、最終的には、リスクはあっても自由自在に自分で変えられる遺言でゆくことを優先するか、信託の持つ安心度を優先するかの問題ですけどね。

俵 で、理事会は、年に何回ぐらい開くんですか。

木 年に1回は必要ですが、2回ぐらいは開いて、お互いの様子を見ておいたほうがいいんじゃないですか。

俵 そうね。お食事会をかねて。そうすれば、私がぼけてきたとか、木村弁護士がもうろくしてきたとかわかっていいし(笑)

木 そうそう、そこに、優秀な精神科医が理事として同席しているわけですからねぇ(笑)。


俵 それが一番肝心なところね(笑)。それじゃあ、ともかく私も、今日の話を参考にして、よく考えて見ましょう。

木 そうですね。方法は、ひとつではないですから。私も、ひとつの新しい選択肢をお示ししただけで、従来どおり、遺言と、成年後見でいくやり方を全面的に否定するわけではありません。じっくり考えてみてください。
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