高齢者介護施設はブラックホールか(2008年5月)
1、介護保険法の導入で、高齢者の介護の土台は、行政の 「措置」から、介護を求める側と行う側の「契約」へと大きく転換したとされています。しかし、そもそも、契約というものは、対等な当事者間での交渉と合意を基本とするもの。高齢者本人には、そのような対等の交渉力がないことは明らかです。そこで、その点をカバーするために、様々な工夫がなされています。
とはいっても、高齢者がかなり自立した生活力を未だ保持していて、後見人をつけるほどの認知障害はないという状態でも、例えば、入所契約の重要事項を読み聞かされて、理解ができるか、仮に一応の理解ができたとしても、それを記憶しておくことができるかどうか、には大きな疑問が残ります。
その結果として、介護施設への入居や、入居後の扱いについては、その高齢者をその施設に入居させたいと考え、入居契約の身元引受人の意向が強く反映しているという現状があります。
実際に大手の介護施設を経営している企業の相談窓口に問い合わせてみても、担当者の次のような説明が返ってくるのが実情です。
「ご本人は、契約にお立会い頂かなくても結構です」
「見元保証人様のご意向に沿って、もし会わせたくない親族の方がいらしたら、お断りすることも出来ます」
「介護保険は、ご本人様のものを使いますので、契約書の署名は、身元保証人さまに代筆いただくことになります。」
少し辛口に言わせていただければ、現在の介護施設の果たしている重要な役割のひとつは、その高齢者を、自己の支配下に置き、他の親族から孤立させ、その財産を有利な立場で取得したいと望んでいる「身元引受人」の支援ということができます。
2、実際に私も、「身元引受人」によって「どこかの」施設に入れられてしまった高齢者の「救出」に関わった多くの体験を持っています。
まずこの、「どこかの」というところに深い問題があります。
そもそもある高齢者を、どこかの施設に入れようとした場合、本人の意思にもとづく、施設側と本人間の入居契約が必要、というのが原則になります。このことは、高齢者が軽度の認知症に罹っている場合でも同じことです。軽度の認知障害の場合は、後見人の申立をしても、後見は認められず、本人の自立を尊重し、ある程度の範囲で、本人に代わって、または裁判所の選任した人の同意を得て生活するという、保佐人、または補助人の選任が行われるのが普通です。このレベルでは、入居契約は本人の意思が表示されていない以上無効となります。しかし、すでに述べたように実際には、このような場合であっても、施設側は、身元引受人を実質の契約当事者として取り扱い、本人の同意など意に介せず、また後見の申立をするか否かも身元引受人に任せたまま、入居契約を行っていることも多いのが実情です。
そればかりか、この身元引受人との間に、本人が退去を希望した場合でも、これを無視して入居を継続することを取り決め、実際に本人が自宅に帰りたいと、荷物をまとめて施設の受付に申し出ても、話を紛らわせるなどしてこれを無視しているケースが多いのです。軽度の認知障害は、80歳以上の高齢者など、かなりの確率でありえます。そして、軽度の認知症のともなう高齢者の場合、このような対応をとられると、退去の意思の持続に混乱を来たし、とりあえず退去を強硬に続けて要求するということはないのが実情です。結局施設側は、こうした対応を繰り返すことで、実際上入居者の意思を無視して、施設内に拘束することが可能になります。身元引受人が、本人と合わせたくない親族については、施設がこれを拒否する取り決めを結び、施設側が、これにしたがって、入居者本人の意向も聞かずに面接を拒否しているケースもよくあります。このような施設側の対応は、「身元引受人」の利害と施設側の利害とが一致している以上、起こるべくして起こっているといえるでしょう。
もし、その高齢者本人に、中程度以上の認知障害があり、家庭裁判所の審判による後見人がついている場合であれば、通常は、裁判所の調査官などから連絡や調査を受け、後見手続きが開かれていることを知ることになるでしょうし、最悪の場合でも、肉親の人が後見の登記簿謄本を取ることによって、後見人とその連絡先を知ることができ、後見人から本人の入居している施設を聞くことができます。後見人が、「身元引受人」サイドの人物で、入居先を明かすまいとしても、本来肉親と面会し対話することは、認知症であるとしても、本人にとってよいことなのですから、後見監督人から、あるいは、後見を認めた家庭裁判所の指導によって、その入居先は明かされ、面会も可能になります。
しかし、上に述べたように、「身元引受人の利益を守るための入居」という、いわば闇の入居契約が交わされている現実がある以上、他の親族には全く入居先が知らされないまま、高齢者が突然失踪してしまい、どこの施設に入居しているものかわからない、という事態が生ずるのも当然のことです。
3、このような、高齢者本人の意思をも無視した、闇の入居契約がまかり通ってしまう大きな理由のひとつに、現在の制度上本来踏むべき手続きを無視した高齢者入居施設営業の実態があるといえます。
本来の高齢者福祉制度の趣旨からすれば、高齢者を入居させるに当たっては、その入居者が、入居契約についての内容についての判断能力を有しているか否かを、正確に判断することがまず必要なはずです。なぜかといえば、ほとんどの場合、入居契約は、本人の介護保険を使うことを前提としていて、その場合、入居契約は施設側と本人間緒の契約の形を取らざるを得ないからです。そして、その判断のためには、精神神経科的側面からの診断や、MRI、MRAなどを使った脳画像解析の面からの診断などが、総合的に取り入れられなければならないはずです。
しかし、実際には、入居契約に当たりそのような精密な検査や診断は行われていないことが多く、私が関わったある大手系の施設では、ただ身元引受人となる長男から聞き取った本人の行動歴だけに従って、施設側が本人に中程度以上の認知症の罹患があるということにし、入居契約→入居という流れになっていました。もし本人が実際に中程度以上の認知症に罹患しているとすれば、本人には、入居契約を締結するに足る能力はないということになるはずなのですが、そのケースでは、入居契約は、本人の介護保険を使いたいという身元引受人側の事情から、本人と施設の間の契約となっていました。これは、全くの自己矛盾というほかありません。本人に、契約能力がない以上、本人との契約は無効といわざるを得ないからです。ですから、このケースでは、無効の契約によって、本人は施設内に「入居」という名の「拘束」を受け、しかもその拘束のために本人の介護保険が使われていたことになるわけです。
この施設の「お客様相談室」に問い合わせた際に電話に出た相談担当者によると、入居契約の際の認知症の罹患の有無、その程度などについては、身元引受人から来た内容を書いただけの、大変おざなりなものが多くなっているのが実情のようです。
私どもの事務所は、このようなケースについて、理由なく入所された高齢者の救出に、全力を尽くして取り組んでいます。確かに、壁は厚いように見えますが、精神科医や、脳画像診断の専門家の協力が得られれば、その救出は十分に可能です。人生の最後の芳醇なステージを、知らない人だらけで、自分で料理も作らせてくれないようなホームで過ごさせるのは、本当にむごいしうちだと考えます。そのようなケースでお困りのご親族をお持ちの方は、是非、ご相談ください。